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名所の紅葉、の巻 [カメラde散歩]

毎週火曜日は、ほかに用事がなければ、「買い物難民」状態の郷里の老母を訪ねる習慣になっていますが、今週は土曜日にも行く予定がありますので、昨日の21日は中止しました。この日はゆっくりしようと思っていたところ、隣市に住む小2の孫が39度の熱。親はどちら仕事を休めないので、ばあばへの救援依頼が来て、ばあばは朝五時過ぎに出かけていきました。


一日の予定を持っていなかった私は、市内某所に立ち寄る用事もあったので、少々足を伸ばして、紅葉の名所を訪ねてみようかと出かけました。行き先はいくつか念頭にあったのですが、まずは近水園を目指します。


かつて書いたこの記事以来、何度か訪ねています。


重ね着の紅葉の錦や村時雨(2013-11-27)


地元の紅葉情報で、今が「見頃」と伝えられる場所の一つに、「近水園(おみずえん)」が上げられています。https://kazsan.blog.ss-blog.jp/2013-11-27

他には後楽園や宝福寺も紹介されていますが、これは、最近見てきました。

同じく、最近何度か訪ねて紅葉を確認できた「深山公園(みやまこうえん)」は、猪の出没情報のため、案内は控えるとの由、テレビが伝えていました。確かに猪の足跡や、掘り返した跡が、至る所に生々しく残っていました。

「近水園」はこれまで訪ねたことがありません。岡山市北区足守にある、旧足守(あしもり)藩主木下家の庭園だそうです。

妻も、気になる様子なので、一緒に出かけてみることにしました。

朝は、陽射しもあったのですが、丁度現地に着いた頃から、またまた冷たい雨。傘を差しての見学となりました。


足守と言えば、かつて従弟が、縁あってこの地に赴任していたことがあります。赴任したての頃、「いいところですよ」と「緒方洪庵、木下利玄、メロン、蛍」などの自慢をしてくれた記憶があります。

緒方洪庵は、幕末の蘭学者。この地の下級藩士の子として生まれました。大阪、長崎で学び、大阪に「適塾」をひらき、福澤諭吉、大鳥圭介、橋本左内、大村益次郎、長与専斎、佐野常民、高松凌雲など、幕末・明治維新の時代に活躍した多くの人材を育てました。

司馬遼太郎は、その作品「花神」の中で、こう書いています。

なぜ洪庵が医者を志したかというと、その動機はかれの十二歳のとき、備中の地にコレラがすさまじい勢いで流行し、人がうそのようにころころ と死んだ。洪庵を可愛がってくれた西どなりの家族は、四日のうちに五人とも死んだ。当時の漢方医術はこれをふせぐことも治療することにも無能だった。洪庵 はこの惨状をみてぜひ医者になってすくおうと志したという。その動機が栄達志願ではなく、人間愛によるものであったという点、この当時の日本の精神風土か ら考えると、ちょっとめずらしい。洪庵は無欲で、人に対しては底抜けにやさしい人柄だった。適塾をひらいてからも、ついに門生の前で顔色を変えたり、怒っ たりしたことがなく、門生に非があればじゅんじゅんとさとした。
「まことにたぐいまれなる高徳の君子」と、その門人のひとりの福沢諭吉が書いているように。洪庵はうまれついての親切者で、「医師というものは、とびきりの親切者以外は、なるべきしごとではない」と、平素門人に語っていた。

(中略)


木下利玄は、白樺派の歌人です。

牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ

などの歌は教科書にも採られてよく知られています。他にも、 今日の季節に通じる、こんな歌を残しています。

街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る

庭見れば土にしみ入りしみ入りて冷え冷え雨の降り出でしかな

牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ

今年の葉うづたかく散りこの森のどの木の幹にも冬日ぞあたる

葉より葉へつたふ雫の音久しく軒端ひそけき昼間の時雨

こんな歌も利玄らしいと感じます。

曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径

生きものの身うちの力そそのかし青葉の五月の太陽が照る

桃の実の肌のやうなるうぶ毛して少年の頬のうひうひしさよ

近水園には、歌碑が建てられ、この歌が刻まれています。

花ひらをひろけつかれしおとろへに 牡丹おもたく萼をはなるゝ


  

後に、こちらに補足記事を書いています。


立冬の陽は穏やかに近水園(2014-11-07)


「利玄みち」と名付けられた小径を歩いていくと、右側の足守小学校と道を挟んで左側に木下利玄の生家があります。これについては、過去のこの記事でもふれましたが、今日は開館日で、邸内に入ることができました。

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以前の記事でこの歌が刻まれた歌碑のことを話題にしました。

花ひらをひろけつかれしおとろへに 牡丹おもたく萼をはなるゝ

あいにく、前回2回の訪問では、どこにあるか見つけることが出来ませんでした。
あまりに大きくて、見逃してしまっていたのです。

「鶴島」 に建つ巨大な石碑がそれでした。(汗)

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久しぶりなので、カーナビに頼りましたが、道に迷いました。


ようやくたどりつき、足守観光駐車場に車を停めました。空っぽ状態だったので、本当にここに停めて良いのか迷いました


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以前この地を歩いた記憶が曖昧で、当て推量で、気の向くままゆかしい町並みを歩いてみました。


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歩くうちにこんなところへ出ました。


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石柱に「旧足守商家藤田千年治邸」と標示があります。


あとでネット面策してみるとこんな紹介がありました。


旧足守商家藤田千年治邸
足守 / 旧家
商家の暮らしぶりを紹介
江戸時代末期に建てられた豪商の邸宅。内部に明治期の醤油工場を復元し、当時の商家の暮らしぶりや醤油工場のようす、昭和40年代の藤田家の所蔵品を見学できる。


案内地図を要して歩けば良かったのですが、・・・あとでこんなmapを見つけました。


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全然方向違いの散策をしていたことになります。


このあたりまで歩くと、すぐ目の前に足守川があります。


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さすがに怪しいと感じて、まちかどの案内板を頼りに軌道修正を図ります。


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こんなのどかな道をあるいていると・・・


柿の木に鳥影が見えます。


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手に持っていたPENTAX--S1+TAMRON SP 17-50mm f2から、望遠系のOLYMPUS E-M1+LUMIX G VARIO 45-200mmに持ち替えて、記念撮影しておきました。


ツグミです。


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ジョウビタキ♂もいました。


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グル理と回って、元の足守観光駐車場の戻りましたが、そこも、近くの別の無料駐車場も、もう満杯になっています。さすがに紅葉の名所です。


駐車場側にあったこの案愛看板を頼りに、「近水園」方面に向かいます。


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PENTAXKS1+TAMRONTAMRON SP 17-50mm f2を、いろいろ考えて紅葉撮影用に用意してきたのですが、なぜだか露出が明るすぎるので、-3とか-4に調整して写しましたが。いざというときに思うとおりに働いてくれないと、区が滅入ります。


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OLYMPUS E-M1+LUMIX G VARIO 45-200mmが風景撮影にも働いてくれました。


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今日はこれにて。


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